美を求める大切さ〜プラダを着た悪魔2を観て〜
- naho
- 5月6日
- 読了時間: 5分
昔からハイブランドの雑誌が好きだった。
同年代が見る雑誌としては
non・noとかCanCamとかあったけど、
私の場合は
着るため、ではなく、見るために
GUCCIやCHANEL、Dior、CELINE⋯
そういうものがキラキラと表紙を飾る雑誌を
よく買っていた。
イラストレーターをしていたから、
雑誌の中に広がる
ブランドが創り上げる世界観が
私の感性の栄養だったのだ。
今でも覚えている。
もうだいぶ昔に廃刊になってしまった
お気に入りの雑誌、Vingtaine。
初めてその雑誌を買った時に
最初の特集で掲載されていた
GUCCIのロングブーツ。
パンチをくらった。
カッコいい!!!!
見開きで登場したそのブーツは、
モデルが履いた足元と
背景の街並みのみが映る写真だった。
ブーツの形・デザインはもちろんのこと、
画角も
足のポーズも
背景も
異様に完璧さを感じたのだ。
後にそのブーツは
私に1枚のポストカードのデザインアイディアを
与えてくれた。
(今まで何種類もデザインしているが、
そのポストカードが一番人気だった)
そんな、私とファッション誌との繋がり。
その中のひとつに、VOGUE も含まれていた。
前置きが長くなったが、
プラダを着た悪魔2を観に行ってきた。
ずっと楽しみにしていたのは、
前作を何度も見たり
サントラや台本的なものも持っているほど
めちゃくちゃプラダを着た悪魔(以下、プラダに省略🙏)が好きだから。
作品に出てくるアンドレア(アン・ハサウェイ)に
憧れて、髪も切ったりしたなぁ(笑)。
前作は、
映像の美しさ(ファッションはやはり美しいし楽しい!)と、
挿入歌の好み、
そして場面展開と挿入歌がパシャパシャと変わっていくテンポ感に、
完全に虜になった。
アンドレアが変化していく様子も
社会人になろうとする自分に重ねていたからか⋯。
私のソウル MOVIEと言っても良いかもしれない。
元気がないときに観たいと思う作品だった。
(そうでないときもよく観ていたが)
そして今回の作品。
今回はメリル・ストリープ演じるミランダが
主役でしたよね。
あ、思わず敬語になってしまう(笑)。
プラダが初めて上映されたとき
私は本屋さんでバイトをしていた。
だから出版業界の厳しさを
社員さんからよく聞かされていた。
先日、元バイト先に顔を出した時⋯
もともと本が陳列してあった場所に
雑貨類が並び、
レジもセルフレジになっていた。
昔は本好きな店長が色々とセレクトして
ハードカバーの本を陳列していた。
この常連さんはわら半紙のブックカバーを
希望されるな、と考えながら
「どうなさいますか?」なんて尋ねたりしていた。
あの時以上に、生き残ることに必死さを感じる。
これから出版社はどうやって存続していくのかと
切なくなる。
映画の中では
ミランダ率いるRUNWAYの雑誌が
やはり窮地に追いやられていくという設定。
ネタバレしてしまうといけないので
あまり語れないのだが⋯
前作のときに、私の中で腑に落ちなかったこと⋯
それはミランダの言動だった。
人を犠牲にしてまで
なぜこんなに執着するのか?と。
雑誌のため?自分の役職のため?ファッションのため???
解せなかった。
今日、2作目を観ていて
当時の私がそこにつっかえていたことに気付いた。
そして今ならよく分かるのだ。
彼女が示したかったのは
「美へのリスペクト」だった。
彼女の仕事におけるパートナー、ナイジェルも。
ナイジェルがまたとても良いんだよね!😭
当時の私は
表面的にはそれを捉えていたが、
本当の意味で⋯
その考え方が抜け落ちていたと思う。
美は、人生において、大切なものなのだ。
形而上学を学んできた今なら、それがよく分かる。
今ではお手軽さや安価なものが求められる。
すぐに答えを得たいと思う。
こだわりは疎ましいものとさえ思われてしまう
側面があるのではないか?
そこに美を見ようとすること。
そして美を表現しようとすること。
美を常に選択しようとすること。
その瞬間、
私の意識は「単なる一人の人間」という意識を
凌駕する。
自分の感性を高め
そして自分自身を高めていこうとするほど、
私は私でないものを見る。
私は何者か?
という問いに迫っていくのではないか。
美は、私たちにとって
失ってはいけないものではないのか。
究極の美とは何かと、
数多の先人たちが議論したのは、
そういう理由があるのではないか?
積み上げられてきた美しさの結晶を
体現しているものの中に、
「伝統」がある。
古くから残されたものの中には
極めたものが含まれている。
ただ古いから価値があるのではない。
美がそこに宿っているからこそ、
残される価値があるのだろう。
作中のRUNWAYという雑誌は、
VOGUEがモデルになっているらしい。
かつての私が無意識にも魅了されたのは、
おそらくそんな折り重ねられ
そして研磨されてきた
美の結晶の現れだったからと思うのだ。
ミランダが守りたかったものは
そういう世界観なのだと。
胸が熱くなった。
田舎のイオンの映画館は大きくて穴場かもと思い
前日にWEB予約して向かった。
新作映画で、しかも錚々たるキャスト、
なんといってもあのプラダの2作目!
⋯にもかかわらず、映画館はほぼ空席であった。
イオンはファミリー層が多いという理由もあるかと思うが、
それにしても広告も案外目立って置いてないものだなと驚いた。
名古屋の中心では満席だと友人からきいて、
少し安堵する。
究極の美を追い求めることは
今の時代に風化されつつあるものなのか⋯。
しかしだからこそ
今の私たちにメッセージを伝えてくれる
作品だと思う。
ミランダの意志は、私の胸に炎を届けてくれたように思う。


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